ピックアップシェフ

山本 健一 restaurant l'Alchimiste(レストラン アルシミスト) オープンキッチンから次々と生まれるポップで芸術的なフレンチコース。

どのジャンルにも国にも属していないボ-ダレスな“自分の料理”を作っている。

厨房から伝わる熱気やいい香りを楽しんで欲しくてオープンキッチンに。

8年間滞在したフランスから日本に戻ろうと思ったのは、やはり自分の店を持ちたいという強い気持ちでした。その夢を実現する場所は東京がいいなぁ、と漠然と思っていました。ただ、大阪で育ち、京都で最初の修業をしてフランスに渡ってしまったので、東京にはほとんど行ったことがなく、地理も町の様子も全く分かりませんでした。
東京に来て、はじめは山手線の上のほうに住んだのですが、どうもこのあたりは自分の目指す店を出す雰囲気じゃないなと気づき(笑)、そういえば“港区白金”ってなかなかシャレとる地名やないか、住んでみよう、と引っ越しをしました。
そのころは時間がたっぷりあったので、白金や青山界隈、麻布十番あたりを毎日ぶらぶらと散歩していたんですよ。いま店がある場所はまだ更地だったんですが、ここに店が持てたらいいなと思っていたら、工事が始まったので、すぐに借りることを決め、建物の完成前から契約しました。
さあ店をどうデザインするか、その妄想はすごかったです(笑)。今でこそオープンキッチンの店は珍しくないですけど、店をやるならキッチンが見える店にしたいと決めていました。というのも店作りのお手本にしたパリのレストラン『ビガラード』は、料理するところが全部見えて、いつ行ってもまるでエンターテイメントを観るようにワクワクしたんですよね。あの雰囲気を作りたかったので、私からもお客様からもお互いがよく見える、全席がシェフズテーブルのような店作りにこだわりました。
入り口のドアなど店のテーマカラーである薄紫色は、いろいろな方に食欲が減退する色だと反対されたんですが、ヨーロッパではなじみのある色だし、紫はワインの色でもあるので、そこは頑張って押し切りました。

厨房から伝わる熱気やいい香りを楽しんで欲しくてオープンキッチンに。

料理はおまかせコースだけ。食材名だけがずらりと並ぶ独特のメニュー。

『アルシミスト』はスタッフ3人、席数14で2011年7月にオープンしました。メニューは今も変わらないのですが“おまかせコース”のみ。しかもお客様にお見せするメニューリストには、食材名しか載せてないので、最初は戸惑われる方も多かったし、これじゃワインが選べない、とお叱りを受けたこともあります。それでも絶対にイケる、すぐこのやり方が浸透する、という自信があったので、それを信じて続けてきました。
とはいえオープン当初は全く予約が入らなかったですね。私は全く無名でしたし、東京に知り合いも少ないし、かなり苦労しました。しかし翌年『ミシュランガイド』で星をいただいてから、おかげさまでお客さまが増えました。まぁ、私のような無名の料理人が世に知られるには、ミシュランの星が早道と思って狙っていたので、オープン1年あまりで星が付いたことはすごく嬉しかったですね。
開店から3年経って、値段も変わり、おまかせコースの品数も12~13皿と増えてきました。一皿の量は少なく、ちょこちょこお出しするので、お客様が食べ終わるタイミングを私自身が確認して、次の料理をお出しします。そういう流れを大事にできるのもオープンキッチンならでは、と思っています。品数がとても多いのも、料理の組み合わせこそ、私の料理の特徴だと思うからです。料理するときも食材Aと食材Bを一緒に食べるだけなら誰でもできます。単に食材を二次元的に合わせないで、三次元的に合わせてお出ししたいんですね。つまりAはこうやって、Bはこうやって…というそれぞれの手法で料理した二つの食材が口の中で合わさったとき、さらに広がりや奥行を感じてもらえるような。そんなサプライズがお客様の驚きや喜びになると思うので、食材しか書いていないメニューにしているんです。メニューを見て、これはきっとこんな料理だね、と想像される方も多いのですが、なるべく当てさせないように工夫しています(笑)。

料理はおまかせコースだけ。食材名だけがずらりと並ぶ独特のメニュー。

未知の日本の食材との出会いは料理への大きな刺激になる。

料理に使う食材は国産のものを中心に使用していますが、食材によっては国産のものが最も良いわけではないので、自分がいいと思うものは日本のものであろうとフランスのものであろうと使っています。まだ日本に戻って数年ですので、日本の食材については未知のものもたくさんあります。
このメニュー(※取材当日のメニュー)にある“稚鮎”は初めて使いましたし、実は“じゅんさい”は最近知った食材。日本独特の食材については、まだまだ新しい発見がいっぱいありそうなので楽しみですね。逆に開店当時からのスペシャリテである“レンズ豆 フォアグラ”はフランス産でないとできない味。また“チチャロン”という豚皮をカリカリに揚げた中南米料理は、ウチの店で研修生として働いていたメキシコ人から教えてもらった料理なんです。
いま感じるのは、レストランの世界には、もはやボーダーが無い、ということ。しかし日本人はフレンチだスパニッシュだとか、クラシックだ、ヌーヴェル・キュイジーヌだとか区分するのが好きですよね。私もよく「あなたの料理はクラシック? ヌーヴェル・キュイジーヌ?」と聞かれますが、どちらでもないので、分かりやすく伝えるために「ガストロノミーポップです」と答えています。というのはどこにも属していない“自分の料理である”という気持ちが強いからです。たぶんフランス料理っぽくないことをやっていきたいのかもしれない。だからフランス料理とはこういうコース構成で、つけ合わせはこうで、ソースはこんな風で…というこだわりがある方には、私の料理は馴染めないかもしれません。逆に「海外の店に行って食べたようでした」と言われると本当に嬉しい。そういう期待に応えるべく、悶えながら料理を考えています。  (終)

未知の日本の食材との出会いは料理への大きな刺激になる。

山バスクで過ごした日々を思い出す素朴な家庭料理『ピペラード』。

今回お教えする料理は、ピレネー山脈のフランス・バスク地方の伝統的な家庭料理『ピペラード』です。私が働いていた家族経営のレストランで、何度も食べさせてもらった思い出の料理でもあり、パプリカをふんだんに使うバスク料理らしい一品。その店でも看板料理のひとつでした。
玉ねぎとパプリカを炒めてからラタトゥイユのようにじっくり煮こんで、卵でとじ、バスク地方独特の香辛料「ピマンデスプレット」で風味づけします。「ピマンデスプレット」が手に入らなかったら、一味唐辛子で代用できますが、辛さが強いので控えめに使ってください。卵を入れたら半熟状のクリーミーな状態で火を止めるのがポイントかな。
生ハムと一緒につけ合わせにしたししとうの素揚げは、フランスではおつまみとしてポピュラーな料理。これだけでもおいしいので、ぜひ作ってみてください。そうそう『ピペラード』には『白いピペラード』という別バージョンもあるんですよ。固いパンを牛乳で戻したものをタマネギと炒めてパンにはさんで食べるんです。これはレシピすらないような素朴な料理(笑)。僕にとっては懐かしいバスクの味ですけどね。

ピペラード

ピペラード

コツ・ポイント

玉ねぎとパプリカを炒めてからラタトゥイユのようにじっくり煮こんで、卵でとじ、バスク地方独特の香辛料「ピマンデスプレット」(なければ一味唐辛子で代用)で風味づけします。 タマゴは半熟状態のクリーミーな状態に仕上げましょう。

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