ピックアップシェフ

ナイル 善己 ナイルレストラン 三代目の僕の役割はナイルの味と伝統を守ること。それがこの店のスタイルだと思っている。

古いメニューを頑固に守っていくのは新しいことをやるよりカッコイイと思います。

カレーに欠かせない3つのスパイスは、ターメリックとコリアンダーとカイエンヌペッパー。

インドといえばカレー、カレーといえばスパイスですが、前にも話したように僕は幼い頃からスパイスが効いたインドカレーを父に食べさせたられたせいで、インド式の辛いカレーが苦手でした。
それではダメだと、高校一年生の時、たったひとりでインドに行かされました。ライオンの子供が崖から突き落とされるごとく、親に突然インドに放り込まれ、カレー鍋に突っ込まれたわけです(笑)。
インドへの飛行機はだいたい夜に到着するのですが、もうそこには怪しそうに見える人しかいないんですよ。言葉は通じないし、揃いも揃ってお前をどうにかしてやろう、というような。当時はそう見えたのですが、とにかくものすごい緊張感です。やっとホテルに入り、翌日、その辺にあった安いレストランに入ったんですが、もちろんカレーしかありません(笑)。でも、そのとき食べたスパイシーなチキンカレーが忘れられないほどおいしかった。あの時初めてカレーのうまさや、スパイスの奥深さがわかった気がしましたねぇ。インド一人旅の緊張感やテンションが上がっているせいで、ことさらおいしく感じたんだと思いますが、カレーっておいしいじゃないか!と感じた経験が僕の人生において大きなターニングポイントになりました。おかげさまで僕はスパイスの効いたカレーが大好きです。あの経験がなかったら、たぶん今の僕はないと思います。

インドには何十種類ものスパイスがあります。レストランのカレーはそれこそ十何種類ものスパイスを使いますが、インドの家庭ではそれほど多くのスパイスは使いません。カレーを作るときの3種の神器とも言えるスパイスは「ターメリック」、「コリアンダー」、「カイエンヌペッパー」の3つ。この3つのスパイスは絶対に欠かせないし、逆に言えば、この3つさえあればカレーが作れるんです。インドの家庭でもこの3つのスパイスがメインで使われています。これはぜひ覚えていただきたいですね。

カレーに欠かせない3つのスパイスは、ターメリックとコリアンダーとカイエンヌペッパー。

カレーとスパイスの研究ユニット『東京スパイス番長』の一員として毎年インドへ。

5年ほど前から『東京スパイス番長』というユニットに参加し、インドの食文化やスパイスの魅力を研究しています。メンバーは同世代で、この年代でここまでカレーに詳しい人はいない、という男4人でスパイスをもっと日本に広めようと行動してきました。最初は旬の食材とスパイスを使って新しい料理を作ってみようという好奇心からスタートしましたが、それが徐々に進化して、最近はテーマを決めて毎年インドに行き、さまざまなリサーチや料理の提案をしています。言ってみれば半ば遊びではあるんですが、すごく楽しいんですよ。
最近のテーマでは、カレーに使っているインドの乳製品はいったいなんの動物のミルクなのか?という疑問。牛なのか、山羊なのか、はたまたラクダなのか、という日本人の誰も知らないような領域ですね。実際に調べてみたら普通の牛と水牛のミルクと、大体半分ぐらいずつ乳製品に使われていることが分かりました。さらにリサーチすると水牛のミルクは脂肪分が強くてうまみが高いのでチーズなどの加工向き、飲料になるのは普通の牛の乳、と分かりました。インドに行ってみて初めてわかった事実なので、なるほどなぁと勉強になりましたね。まぁ、そこまで生真面目に調べる人もいないでしょうけどね(笑)。料理研究では、市場に食材を買いに行き、その場で選んだ材料でカレーを作るのですが、同じ材料でも日本のものとは全く味の違うものができるので、めちゃテンションが上がるんですよ。
わざわざインドに行って、そこまで調べたり、研究したりするようなグループは他にいないので、インド料理関係者の人達からは「一緒にインドに行ってみたい」と言われています(笑)たぶん僕らこそ、日本でいちばんインドの食文化とスパイスに詳しいだろうと自負しています。とはいえ、世の中のインド料理を正したい、という気持ちでやっているわけではなく、楽しければいいのかな、という思いでやっています。いままでの成果は本にまとめてありますので、ご興味がある方はぜひ読んでいただければ嬉しいです。

カレーとスパイスの研究ユニット『東京スパイス番長』の一員として毎年インドへ。

毎日同じことを繰り返しながら『ナイルレストラン』の伝統の味を守るのが僕の役目。

「ナイルさん、将来の目標はなんですか?」とよく質問されます。いつも僕はこう言います。「目標はないです。味を受け継いで伝統を守るのが“役目”だと思っています」って。何ひとつ変えないことが『ナイルレストラン』のスタイルにいちばん合っているし、10年ぶりに来られたお客様に「味が変わってないね」と言われる安心感。それは僕が何よりも大事にしたいことなんです。新しいものを作るのは、自由にやってしまえばいいので、実は簡単なことなんですよね。それよりも毎日同じことを繰り返しながら、味を守るほうが数倍難しいと思う。三代目として祖父から受け継いできた伝統を守るのは自分の役目ですし、変えちゃいけないと常に考えています。父も同じことを言っていますよ。僕が店を継ぐことになったとき、「若い者が入ると変えたがるから心配だ」とか「お前の代で潰される」とか(笑)、さんざん言われましたけど、もう16年何も変えずにやっていますからね。古いメニューを頑なに守るのって、新しいことをやるよりカッコイイ気もするんです。
あるときなんとなく「自分の代で店を閉めようかな」と言ったことがあります。それを聞いた「東京スパイス番長」の仲間、水野仁輔さん(東京カリ~番長)に「絶対ダメ!」と止められました。その理由が面白くて「日本最古のインド料理店がやめたら、2番目の店が“オレらが最古の店”と言い始めるからダメ!」って(笑)。僕も「確かにそれもそうだな」と思いました。
いま38歳です。『ナイルレストラン』100周年まであと35年。僕は70歳超えますが、ちょうどいま父がその年齢なので、自分も100周年までは頑張れる気がしています。体力的には今がピークだと思いますが、40代になってももっともっと働きたい。そして新しいことをもっと身につけたい。学んだこと全てが50歳を過ぎてから、うまく役に立つ気がするんですよね。それまでは突っ走っていきたいな。  (終)

毎日同じことを繰り返しながら『ナイルレストラン』の伝統の味を守るのが僕の役目。

ホールとパウダー状のスパイス両方の魅力を生かす『南インド風チキンカレー』。

今回お教えするのは『南インド風チキンカレー』です。このカレーはホールスパイスと粉状のスパイスの両方を使いますので、その使い方の違いもわかるし、スパイスがカレーをおいしくする理由もわかっていただけると思います。ポイントとしては、すべての材料をきちんと計量し、野菜も全て切っておくこと。火をつけたら一気に仕上げるカレーなので、下準備がとても重要です。まず熱した油でホール状のカルダモンから良い香りを引き出し、香味野菜、玉ねぎ、トマトの順番で炒めていきます。カレーがおいしくできないという場合は、だいたいが玉ねぎの炒め方が足りないからなので、十分に甘味を引き出すように中火以上の、強めの火加減で炒めてください。弱火でじっくりだと玉ねぎの水分が抜けきらないのです。甘味が凝縮された玉ねぎにトマトを加えて炒め、野菜全体がペースト状になったら、カレーの3種の神器、ターメリック、コリアンダー、カイエンヌペッパーを投入し、30秒ほど混ぜてスパイスの粉っぽさが抜けたら“カレーの素”とも言えるペーストが完成します。このペーストはほとんどのカレー料理で使えますので、多めに作って冷凍しておくといつでも本格的なカレーが作れますよ。あとはレシピ通りに煮込んでください。
ココナッツミルクを入れるのはカレーにコクを出すためです。カレーは日本料理のように出汁を使わないので、とくに南インドではココナッツミルクを出汁がわりによく使い、北インドでは乳製品をよく使います。スパイスそれぞれが持つ魅力を十分に引き出した本格的なカレーが完成します。インスタントのルーカレーでは味わえない香りと味わいが楽しめるカレーですので、ぜひ、ご家庭でチャレンジしてみてください。

南インド風チキンカレー

南インド風チキンカレー

コツ・ポイント

食材を全て切っておき、スパイスを計量して下準備をきちんとしておく。火をつけたらあとはフランパン一つで一気に仕上げる。玉ねぎをよく炒め、甘味を立たせることでうまみが増すので十分に炒めること。

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