ピックアップシェフ

鈴木 一夫 ウェスティンホテル東京 ザ・テラス 洋菓子の世界に全く未経験で飛び込み、自分が納得できる方法を見つけながらオリジナルのお菓子を作ってきた。

洋食の料理人からパティシエになるきっかけを作った思い出のお菓子、マドレーヌ。

お菓子を作り出す環境とスタッフの意欲は、どのホテルにも負けないと思っている。

『僕は2000年に『ウェスティンホテル東京』に入社し、エグゼクティブペストリーシェフを任されて今年で13年目になります。前職の『ロイヤルパークホテル』を辞めてから、短期間ではありますが、街の洋菓子店でも仕事をしましたので、再びホテルのペストリー部門に戻ってきたわけです。『ウェスティンホテル東京』で僕がまずやったのは、勤務体制や仕事のやり方など、スタッフが働く環境に全く新しいシステムを導入したことです。ホテルといえば、だいたいどこも同じようなシステムがあるんですけど、その常識を覆すような、作業効率アップとスタッフのモチベーションを上げる体制を導入しました。今までの旧いやり方ではダメだ、時代が変わる時期だ、と前向きに改革を勧めました。

お菓子を作り出す環境とスタッフの意欲は、どのホテルにも負けないと思っている。

ここではレストランやラウンジ、バンケット、ウエディング、そしてデリの商品に至るまで、ホテル内の全てのペストリーを担当していますが、毎日夕方4時半には、何があっても全ての作業を終わらせています。そうすればその後、スタッフは自分自身でお菓子の勉強ができます。常に余裕を持って仕事に迎える環境作りを、いちばん大事にしてきたんですね。なんといっても重要なのは、仕事への”集中力”ですからね。日々、集中力あるのみ、です。若い頃の僕自身、仕事が終わらなくて何日も徹夜し、集中力が保てなくて、結局仕事もうまくいかなかった苦い経験がありますので、長く働いても決していいものは作れないということは、身にしみてわかっています。定時に終われる勤務体制でも、よそのホテルと遜色ないケーキをきっちり作ることが、「これからのスタンダードだ」と、事あるごとにスタッフに教えてきたので、たとえクリスマス・シ-ズンの一番の繁忙期でも、夜中までの長時間勤務はありません。もし真夜中になってしまったらそれはスタッフのせいでなく、全て僕の責任ですからね。このやり方で13年間、作業効率を下げることなく、何の問題もなくやってこられたので、正解だったのかなと思っています。

お菓子は“作るもの”ではなく、”食べるもの”という心構えを忘れない。

もうひとつ僕にとって、大きなチャレンジだったのが、『ザ・テラス』のデザートブッフェの改革でした。ちょうど5年前だったかな。スタッフ全員集めて「ここを日本一のブッフェにする」と宣言したんです。まぁ、僕のいつもの、先に言っちゃって自分を追い込む、性格ですね(笑)。その昔、「今日からパティシエになります」と宣言したときと同じですよ。というのも、先に厳しい目標を立ててしまえば、もしうまくいかなかった場合、いろいろ理由をつけて逃げてしまえなくなります。あんなこと言って、やっぱり口先だけじゃないか、と言われるのが嫌なので、自分で自分を縛るというか、もう後には引けない状態で、努力してきました。

お菓子は“作るもの”ではなく、”食べるもの”という心構えを忘れない。

もちろんそれは決して楽ではないし、苦しいことも何度もありましたけど、その甲斐あって、「『ザ・テラス』のデザートブッフェは素晴らしい」と、高く評価され、何度もリピートして来てくださるお客さんがいることは、本当に嬉しいことなんです。デザートブッフェのメニューは4ヶ月前からメニューを組んでいます。そんな先まで!?とよく驚かれますが、いつかはやることですので、常に早め早めに準備しています。そうしないと前もって段取りが組めないし、後手後手に回れば回るほど、作業効率が下がり、スタッフに負担がかかることになります。
デザートブッフェでは、このお菓子はすごく人気があったけど、これは予想外に残ってしまった、という結果が毎日出ますが、その評価は全く構わないんです。それがブッフェですからね。全部自分が気に入っているお菓子だけを並べたら、たくさん食べていただくことは到底無理ですし、自分のお菓子を全て受け入れるという気持ちはないです。メニュー構成以上に、考慮しているのはスタッフの力量でしょうか。いまのチームの力量で、100%のお菓子やデザートを作らせることが、エグゼクティブペストリーシェフとしての責任だと考えています。それが可能なスタッフの教育をきちんとやってきましたので、僕ではなく、ここのスタッフの力量がお客さんの満足度に繋がっているんだと思います。料理と違って、前もって作っておけるのがお菓子ですので、うちみたいな計画生産的な仕事をしていると、「お菓子は作るもの」という思考になりがちですが、絶対にそうではないんです。「お菓子は食べるもの」という認識で作らないと、お客さんには何も伝わらない。そこは料理となんら変わりません。この心構えは、うちのスタッフには徹底して叩き込んでいます。

お菓子は“笑顔”で食べるもの。楽しく作ればその思いが食べる人にも伝わる。

今回お教えするお菓子は、「マドレーヌ」です。実は僕にとって、たいへん思い出のあるお菓子なんです。日本橋人形町の『ロイヤルパークホテル』の開業準備の頃、当時の料理人みんなで、フランス人シェフからもらったレシピでマドレーヌを焼いたことがあったんですが、そのとき僕の作ったマドレーヌがいちばん美味しいと、すごく褒められたんですよ。たぶんそれがきっかけで、ホテル開業後に洋菓子の担当に指名されたと思っておりますので、いまの僕の仕事のきっかけを作ったお菓子でもあるんです。この取材前に、『ウェスティンホテル東京』の沼尻総料理長に、どのお菓子のレシピを公開するのか聞かれたんですが、「マドレーヌです」と答えたら、笑っておられました(笑)。というのも、そのとき沼尻総料理長も、開業準備の頃一緒にマドレーヌを焼いていたので、そのあたりのいきさつを全てご存知なんです。

お菓子は“笑顔”で食べるもの。楽しく作ればその思いが食べる人にも伝わる。

今マドレーヌのレシピは、そのとき教えてもらったものとほとんど同じですが、蜂蜜の量だけ少し変えています。蜂蜜の量が多い方がしっとりと仕上がり、ホクッとした食感になり、とてもおいしいと思います。材料を混ぜるだけの簡単なお菓子ですので、ぜひご家庭でお子さんと一緒に作って欲しいですね。うまく作れなくても、形が不格好でも怒っちゃダメですよ(笑)。お母さんと一緒に作ったことが楽しかった、お手伝いが楽しかった、と思えるようなコミュニケーションを大事にして欲しいと思います。それこそ家でお菓子を作る最大の魅力だと思うし、楽しい記憶は後々まで残るものですからね。
お菓子って食事と違って、どうしても食べなくちゃならないものではありません。それなら家で作って食べるにしても、買って食べるにしても、楽しく作ったり、食べたりしなくちゃ意味がないでしょう。そう、お菓子は”笑顔”で食べるものですからね。うちのスタッフにも、楽しく仕事ができないなら辞めなさい、と事あるごとに言っていますし、作る人が楽しくなくちゃ、食べる人も楽しいわけがないんです。楽しくやっていないと、伝わらないんですよ。『ウェスティンホテル東京』のお菓子を食べたい、買いたいと来てくださることは、本当に幸せな仕事だと思っています。だからもっとプロとしてちゃんとしないといけないと思います。自分の仕事を楽しみ、それがお客さんにも伝わる仕事をする、そのプライドを忘れずに、スタッフ全員でみんなが笑顔になれるお菓子を作り続けたいと思っています。

マドレーヌ

マドレーヌ

コツ・ポイント

型にバターを塗って冷やしておくことで、焼き上がりのマドレーヌが型から綺麗に取れるようになります。また生地は多少膨らみますので、型への流し込みは8割程度を目安にしましょう。

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