ピックアップシェフ

永島 健志 81(エイティワン) 食の表現者になって、世界に対して勝負をかける。

人の心を揺さぶるような感動をお皿の上で自由に表現していきたい。

スーパースターの苦労を目の当たりにし、自分が目指すものが見えてきた。

2008年、『エル・ブリ』のシーズン初日、僕は世界中から集まったスタッフの中にいました。最初はスモールキッチンの担当になり、だしをとったり、ひたすらフルーツジュースを作ったり、まかないを作る仕事を担当しました。誰かが『エル・ブリ』のキッチンはF1のピットのよう、と言っていましたけど本当にそう。毎日大小様々なトラブルが起きるんです。その度に「タケシ、こっちを手伝え」とメインのホットキッチンに呼ばれ、大事な仕事を手伝うことが増えていきました。そこでも盛り付けの丁寧さや火入れのこだわりを認めてもらえて、だんだん重要なパートを任されるようになっていきました。気が強いというこの性格も良かったのかもしれません。僕はちゃんと自分の意見を言うし、主張もするので、そこを認められ、信頼されたことも大きかったと思います。最終的には最も重要なセンターのキッチンを勝ち取り、シーズン終了まで、やりがいのあるポジションで仕事をすることができました。
『エル・ブリ』を率いるフェラン・アドリア氏は、とにかく恐いというか、厳しい人でした。彼の姿勢に学ぶことが多かったです。彼がよく言っていたのは「クリエーションはマネじゃない、感じろ、考えろ」、または「難しいと不可能は違う。簡単ではないけど、不可能ではない」とかね。そう言われたら、どんなこともやらざるを得ないですよね。ワンシーズン彼の下でチームの一員として働いたのはいまでも誇りですし、素晴らしい景色を見たと思います。あの天才的なスーパースターが、どれだけ苦労して店をやっているかを間近で見たことで、僕も頑張らないわけにはいかないと思ったし、自分の店で目指すものが見えてきた経験になりました。

スーパースターの苦労を目の当たりにし、自分が目指すものが見えてきた。

『エル・ブリ』のフィロソフィーを受け継ぐ同期生3人で『81』をスタート。

帰国後、実は2年ほどレストランの仕事から離れました。ワインについてもっと勉強したいという気持ちが高まり、ソムリエの資格も取りたかった。幸い1年で取得できました。
いよいよ店を始めるにあたり、選んだ物件は豊島区要町。どうしてそんな場所に?とよく聞かれますが、自宅から近かったからです(笑)。わざわざ来てくれる店にしたい、それなら青山や六本木である必要はないと思っていました。どこでやっても勝負はできるし、家賃が安い分、良い材料やワインでテーブルに還元できます。
次にスタッフをどうしようと考えたとき、僕がやりたいことはアートであり自分を表現する料理でしたが、それを納得するスタッフを探すのは、難しいと感じました。
それならフェラン・アドリア氏のフィロソフィーを知っている人間がベストだと、一緒に『エル・ブリ』で働いていたチリ人のシェフ・フランシスコとメキシコ人のソムリエール・ジュリエッタに頼んで、3人で『81』をスタートしました。
2人は快く引き受けてくれたんですが、いざ始めてみたらサービスの人間はいないし、日本語を話せるのは僕だけ、ということに後から気がついたんですよね(笑)。それでも『81』に結集した僕たち3人は、上を目指す、という気持ちは一致していました。
残念ながらフランシスコが家庭の事情で帰国することになり、ジュリエッタももっと学びたいことがあると帰国し、トリオは解散しました。3人では完成しきれなかったこともあるし、ものすごくうまくいったこともありますが、『ミシュランガイド東京・横浜・湘南2014』で星をもらったことは、『81』が認知されたひとつの結果だと思っています。

『エル・ブリ』のフィロソフィーを受け継ぐ同期生3人で『81』をスタート。

同じことはやりたくないし、もっと攻めていい時期が来たと思っている。

来月、『81』は3周年を迎えます。実は9月からしばらく店を閉めていて、しばらく仕事を離れて旅に出たりして、リセットというかデトックスかな。新しいスタートのために、いろいろ考えを巡らす時間を取っていました。
もちろん新しいことを求められているのは分かっているし、僕自身、変化を求めているんですが、人間が火を発明して以来、何千年も続いている料理に、おいそれと新しいものは生まれないですよ。新しいと呼ばれる料理だって単なる表現の解釈だったり、スポットの当て方を変えただけだったり。いまの洋食料理の主流は、テクニカルで華やかなものが求められているし、『81』にもそれを求められているのは分かっていますが、むしろ僕はどんどん削り落としていきたいと思っている。無駄をそぎ落とし、茶の湯や千利休の精神、または禅の境地に向かっていきたい。字を変えれば然、つまり“ありのまま”というものをお皿にしっかり乗せていきたいと思っています。素材に最も近い距離からのアプローチで、素材そのものの魅力を壊さないで“活かす”お皿を造りたいんですよね。
たぶん僕の料理は合う人、合わない人がハッキリ分かれる料理だと思います。幸い、『81』に食事にいらしたら次の予約も済ませていく、リピーターの方が多いことはとてもありがたく、嬉しいことだと思っています。その分、お客様の大きな期待も感じるんですよね。だから同じことは繰り返せないし、自分らしいアイデンティティを出して、もっと攻めていい時期が来たと感じています。誰も見たことのない調理方法、誰も経験したことがないコンビネーション、誰も味わったことのないサービス方法で、人の心を揺さぶる店でありたい。『81』壮大な実験でもあるんです。   (終)

同じことはやりたくないし、もっと攻めていい時期が来たと思っている。

誰もが驚く斬新な卵料理『カルボナーラの再構築 バリエーション』

今回お教えするのは、店でも好評な一皿『カルボナーラの再構築』をシンプルにした料理です。僕はローマで働いていたことがあるので、ローマを感じさせる料理をコースに加えたくて考えたものです。店では濃厚なうまみのある名古屋コーチンの卵を半熟に茹でたものを使いますが、このレシピで生卵の黄身をのせるので、できるだけ新鮮で良質な卵を使ってください。
カルボナーラと言ってもパスタではなく、カルボナーラを構成している要素を分解して一旦バラバラにし、別な料理として作り直したもの。『分解+再構築』とは、フェラン・アドリア氏が言い出したコンセプトで、同じ材料からまった違うものを表現することです。風味の決め手は白トリュフオイル。少量たらすだけで、びっくりするほどおいしくなります。
この料理はぜひスパークリングワインと一緒に味わって欲しいのですが、調理に少量使うスパークリングワインと同じものを召し上がるとさらにおいしくいただけます。たぶんご家庭では料理に使うのは、調理用のものとか、安いワインを使っていると思いますが、テーブルで飲むワインと同じものを料理に使うと、よりワインと料理が相乗効果的においしく感じられます。料理をおいしくするコツのひとつとして覚えて欲しいですね。

カルボナーラの再構築 バリエーション

カルボナーラの再構築 バリエーション

コツ・ポイント

新鮮で良質な、おいしい卵を使うこと。ペコリーノ ロマーノ チーズは鳥の巣風にしたいので細長くすりおろすのがポイントです。豚の頬肉を熟成させた「グアンチャーレ」がお薦め。なければパンチェッタか厚切りベーコンで代用を。

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