名店のまかないレシピ

田村隆 / 日本料理 つきぢ田村 残り野菜を無駄無く使った定番 かき揚げ丼

昭和21年、築地に暮らす財界人たちの「築地でおいしいものが食べたい」という声に応える形で誕生し、今も同じ地で愛され続ける日本料理の名店「つきぢ田村」。三代目の田村隆さんは、一流の技のみならず、料理に宿る心を大切に守っています。お昼の準備が本格的に始まる前の午前10時。厨房の一角にあるテーブルに14人の料理人が集まって、朝のまかないの時間が始まりました。開店前のピリッとした緊張感の中、ほんのり甘いかき揚げ丼の香りが和やかな雰囲気を醸し出しています。

「熱いものは熱く」のために、まかない用スペースを改装

「熱いものは熱く」のために、まかない用スペースを改装

うちの場合、まかないは10時、14時、21時の1日3回。3食出すところは少ないみたいだけれど、うちは「3食共にする」が基本ですね。昔は厨房から各フロアに料理を運んでめいめいに食べていたけれど、厨房に食器棚を置いてあったスペースを改装して、皆で一緒に食べたり、お茶を飲んだりできるテーブルを置くようにしたんですよ。お客に出す料理は「熱いものは熱く、冷たいものは冷たく」を信条にしているのに、自分たちが食べる料理は運んでいるうちに冷めちゃうのはちょっとね。

それに、飯を食べる場所が決まっていると「伝達」の場になる。朝のまかないは朝礼代わりになっているし、重要な連絡はまかないを食べるテーブルの近くの壁に貼っておく。「言ったはずだ」「聞いていません」ということもなくなりましたよ。

まかないというのは新人がデビューする前の予行演習で、先輩から細かいことまで教えてもらえる貴重な機会。1週間分の献立を考えるのも作るのも新人の仕事で、例えば、今週は、揚げシュウマイ、バンバンジー、ナポリタン、豆腐ハンバーグなんて献立がボードに書いてある。日曜の昼は毎週決まってカレー。これは築地の河岸が日曜休みで材料を仕入れられなかった時代からの伝統でね。土曜から仕込んでおけば、忙しくても温めるだけでいつでも食べられるし、簡単でしょう。

「日本料理屋なのに和食じゃないのか」って意外に思われるかもしれないけれど、うちにとって日本料理は“商品”だから、身内に出すものじゃない。イタリアンの落合務シェフや中華の陳建一シェフの本は何冊も置いてあって、先輩から後輩へ受け継ぎながら、毎日のまかないが作られている。でも、同じ本を見て、同じ材料を使っていても、作る人によって出来は全然違う。カレーでも、野菜の切り方ひとつ、水を入れるタイミングひとつで味はまったく変わる。月曜の朝にカレーが残っていなかったらうまかったという証拠だけれど、そうじゃなかったら改善の余地ありということ。そういう仲間の評価にさらされながら、腕は上がっていくものだと私は思いますよ。私だって、何か気づけば必ず言いますよ。

― この日の朝のまかない「かき揚げ丼」は、残り野菜を無駄なく使った定番メニューだとか。

まかないを通じて「いい当たり前」を伝えたい

まかないを通じて「いい当たり前」を伝えたい

カボチャやニンジンの端っこ、椎茸の軸、ネギの青いところとか、何でも残った部分を捨てずに、ザッと刻んでとっておく。粉を溶いてかき揚げすればうまいでしょ。夜に食べた分が残ったら、翌朝は煮て卵とじにしたりね。

残りものや余りものをいかにうまく使えるかというのが料理人としての知恵の使いどころで、私がいつも言っているのは「ゴールを先にしない」ということ。例えば、大根ってのは丸ごと使える野菜の代表格だけれども、桂剥きから始めちゃったらダメ。まず、皮を刻んでザルにあげて干しておく。次に、桂剥きをするけれど、すぐに千切りの作業をするんじゃなくて、葉の部分にある中心の軸を刻んで佃煮風に炒めるのが先。「全部使い切る」ための作業を優先したら、自然と無駄なく使えるんですよ。まかないは、こういう練習を真剣にできる機会でもあるわけですよね。

この間もね、もうすぐ独立するベテランがたまたままかないを担当した時に、タマネギをいい加減に炒めて焦がすようなことをしたから、私は本気で怒ったんです。「まかないだからって手を抜くな」と。まかないを作る姿勢は通信簿の欄で言えば「基本的生活習慣」みたいなもの。いい料理人は、まかない作りも本気で取り組むし、楽しむ。私はね、若い人たちに、料理を教えているつもりはないんです。「いい当たり前」を教えたい。この思いはずっと変わりません。

(終)

かき揚げ丼

かき揚げ丼

コツ・ポイント

かき揚げは、170~180度の油でカラリと揚げる。タレには揚げ玉を入れることで、風味にコクが出る。

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  • 文:宮本恵理子
  • 写真:平瀬夏彦